わたしの体には、黄色と青の混じった美しい模様が刻まれているらしい。
生まれたときからそうだ。
どうやらそのようだ。
自分の体なんて見たこともないからよく知らないが。
まわりのみんながそう言う。
美しい模様だと誉め讃えてくれる。
みんなが感嘆の声をあげる。
何分もじっと見とれて、わたしたちの前から動こうとしない人間もいる。
コトバが通じるという理由から判断した、仲間らしきサカナの模様を見てみる。
たしかに美しい。
明るく鮮やかな、色とりどりの模様。
光の加減でキラキラ光る。
わたしの体にもどうやら、同じ模様がついているようだ。
わたしたちは、大きな大きな、水槽の中にいる。
休みの日には、ひどく沢山の人間たちがわたしたちを見るためにココを訪れる。
あたり一面を泳ぐわたしたちの姿が見れるという、水中トンネルとやらが人気らしい。
物心ついた頃にはもう、既にココで泳いでいた。
故郷の記憶はない。
だけど、たまに仲間の中でも年老いた連中が話して聞かせてくれる。
わたしたちの故郷は、ココではないどこか遠くにある他の国。
一年中、いつでも暑い暑い国。
太陽と水ばかりいっぱいあって、空も海も果てしなく青い。
ゆだってしまうんじゃないかと思うほどに、暑い日が続いたかと思ったら、ウンザリするくらいに雨が降り続いたりする。
こんな、作られた温度なんかじゃなく。
こんな、視線にさらされた環境なんかじゃなく。
こんな、わざとらしい蛍光灯の灯りなんかじゃなく。すべてのものがのんびりと流れていたというわたしたちの故郷。
何か、愛おしくうっとりと陶酔するように、彼らは話してくれた。
それでも、わたしは、一生、故郷を実際に知ることはないであろう。
しかし、別段、ココの生活に不満などは感じていなかった。
快適な水温、必要なだけの定期的な食事、敵に狙われる危険もなく、ただ、嬉しそうに水槽を覗く人間どもの期待を裏切らないよう、気の向くままにスイスイ、泳いでいればよいのだから。
禁止されているにも関わらず、水槽をトントンと叩く子供などにはたまに驚いたフリでもしてやれば、そこそこに仕事をしたという気にもなれる。
わたしは、いつだって、そこそこに満足だったし、わたしは、いつだって、そこそこにつまらなかった。
長老たちが故郷を語るときの陶酔した表情が思い出された。
そんな表情になれる気持ちを知りたいと思った。
聞きかじりの情報を頼りに、見たこともない故郷に思いを馳せてみた。
何百年も昔からそのままの沈没船。
サラサラとした海底の砂。
明るい色をしたサカナたちが群れをなして泳ぐ。
敵がきたら、岩陰に身を潜めて。
お腹がすいたら、思い思いに餌をとって食べる。
海の底で、微かに届く光を頼りに。
ココでの生活しか、わたしは知らない。
わたしが思うよりも、多分、世界はずっとずっと広い。
わたしは、まだ何も知らない。
遠い遠い、暑くて、すべてがのんびりと進んでゆく南の島。
わたしたちの故郷。
それさえも。
わたしにできることは。
ただただ、泳ぎ続けること。
それだけなのだ。
2000/07